島田市に唯一残る老舗酒蔵「大村屋酒造場」。食中酒を目指したこだわりの酒造りと地元への想い

島田市に唯一残る老舗酒蔵「大村屋酒造場」。食中酒を目指したこだわりの酒造りと地元への想い

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島田市に残る唯一の酒蔵「大村屋酒造場」。1832年に創業し、2022年に190周年を迎えた老舗の酒蔵です。“呑人の笑顔を想う酒造り”をスローガンに掲げるこだわりや、島田の地での酒造りに込める想いについて、蔵人(くらびと)をはじめとする社員の皆さんと、7代目の松永孝廣社長に伺いました。

190年の歴史を誇る、島田市唯一の酒蔵「大村屋酒造場」

南アルプスを源とする大井川の伏流水を使用し、島田の地に根差した酒造りを行う大村屋酒造場。7代目を担う松永社長は、目指す日本酒の方向性をどのように見据えているのでしょうか。

「島田市はかつて、江戸時代に東海道の宿場町として栄えた場所であり、東西の食の交流点だと思います。静岡県の海や山の幸を使った多種多様な料理に合う日本酒や、食材の味を生かす日本酒を造ることが、大村屋酒造場が目指し、大切にしていることです」。大村屋酒造場の日本酒は、飲み口はスッキリ、味わいは複雑。香りから受ける印象や、口の中に広がるさまざまな刺激が、いろいろな食事に合う日本酒たるゆえんなのかもしれません。

“静岡の食に寄り添う日本酒”を目指して

食事に合う日本酒造りを目指す大村屋酒造場では、日本三大杜氏の一つに数えられる岩手県の杜氏・南部杜氏(とうじ)の資格を持つ日比野哲杜氏の指揮のもと、日々酒造りが行われています。

日比野杜氏は静岡大学農学部を卒業し、当時の社長に直談判して大村屋酒造場に飛び込んだ異例の経歴の持ち主。当初は料理人を目指していましたが、いろいろな土地の食文化に触れるうちに、日本酒にも興味を持つように。蔵人を志したきっかけは、「地酒を造る杜氏がどんどん減っている。このままでは、大好きな地酒文化がなくなってしまう」という危機感からだったそう。23歳の時に入社し、以来26年間にわたって大村屋酒造場に勤められています。

2011年に、蔵人のトップである杜氏に就任した日比野杜氏。「日本酒は食ありき」と語り、魚や野菜などの食材が豊富にそろう静岡という恵まれた土地で、それらの素材の味を生かし、どんな料理にも寄り添えるような食中酒を目指しています。

大村屋酒造場の酒造りに使用するのは静岡酵母。バナナやメロンのような、フルーティーで穏やかな香りが特徴で、食事と一緒に飲むための日本酒を造るのに最適な酵母だと言います。この穏やかな香りは酢酸イソアミルという成分のなせる技で、この成分を多く含むのが静岡酵母の魅力の一つです。

さらに、「日本酒は、時間をかけてじっくりと飲むもの」だと言う日比野杜氏は、冷酒や燗酒(かんざけ)、冷やなど、バリエーションを楽しめるところが日本酒の魅力であり、日本的な良さを感じる部分だと考えています。そういった楽しさの幅を存分に味わえるような地酒を目指して、日本酒造りに取り組まれています。

「インパクトが強い(甘酸っぱい、微発泡、香りが高い)お酒や低アルコールのお酒の方が売れるかもしれないが、流行りにのった酒造りではなく、“自分が理想とする酒”の柱を立てて、そこからぶれないような酒造りを続けていきたい」と、日比野杜氏は語ります。

“食に寄り添う日本酒”を目指す大村屋酒造場。お酒と食事のペアリングについて、おすすめを聞いてみると……。

松永社長「刺身であれば、赤身には『若竹鬼ころし 特別純米原酒』の冷酒など、味が複雑なお酒がおすすめです。ヒラメやイカ、白身の魚であれば、『おんな泣かせ 純米大吟醸』がよく合います。唐辛子を使ったピリッと辛い料理は、『鬼乙女 涙』と相性がよいですね。生酒でほんのり甘みがあって、野菜のおいしさなど繊細な味わいも感じられる、食事によく合うお酒です」。

営業担当 西原さん「大村屋酒造場の日本酒には、特に魚がイチオシだと思います。私が個人的に好きなのはタチウオの塩焼き。自宅では、地元島田の観光地として人気を集め、“世界一長い木造歩道橋”としてギネスブックにも認定されている蓬莱橋(ほうらいばし)をモチーフにした『長い木の橋』という銘柄のお酒をよく飲みます。純米大吟醸などの豪華なお酒ももちろん好きですが、こういった普段でも飲みやすいお酒も気に入っています。良いお酒を自宅で少しずつ飲むという楽しみ方もあると思います」。

大村屋酒造場内の精米所
写真左は玄米。右は精米機にかけた、
精米歩合(ぶあい)40%の米(玄米の表面を60%削った状態)

同社のこだわりは精米にも表れています。「精米を外注する蔵が多いですが、当社では自社精米を採用し、専属の精米係を置いています。“原料処理を大切にせよ”という5代目当主・松永始郎の言葉を体現しています。コストも手間もかかりますが、米の状態に合わせて最適な対応ができるので、大村屋酒造場ならではの良いお酒造りには欠かせません」と松永社長は語ります。“良い地酒を自分たちの手で一から造る”という心意気がひしひしと伝わってきます。

酒造りを支える人々

大村屋酒造場で酒造りに携わる蔵人は現在7人。中には、酒造り集団・岩手県「南部杜氏」の里から大村屋酒造場に来て、住み込みで働く蔵人もいるそう。

仕事が始まるのは早朝。4:30~7:00頃までは、窯に火を入れ、米を蒸す大がかりな「仕込み」の時間です。酒造りは同時進行でさまざまな銘柄を造るもの。ルーティーン作業ではなく、その時々の状態に合わせて柔軟に対応することが求められます。

蔵人の1人として、日本酒造りの重要な工程である「酒母(しゅぼ)造り」の責任者・酛屋(もとや)を務める日比野茉莉子さん。「いろいろ大切な作業はありますが、私たち蔵人にとって一番重要な仕事は、温度管理と衛生管理です。世の中に一つとして同じ日本酒はありません。銘柄が同じでも、米や酒母、麹の状態に合わせて微妙に風味が異なるものです。日本酒造りは自然の反応に任せるところも大きいですが、期待の味に近づくよう、手を加えられる部分を見極めてお酒のクオリティを引き上げていくのが、私たち蔵人の役目です」。

蔵人に必要なスキルを伺うと、「几帳面できれい好き、あとは何よりも日本酒造りに“愛情”をささげられる人だと思います。酒造りは原因と結果がはっきりしている化学的な部分も多いです。だからこそ、愛情を持って酒造りに取り組んでいれば、ちょっとした異常にもすぐに気が付けますし……それが結果として、良いお酒につながるんだと思います」と茉莉子さん。体力勝負で大変なことも多いそうですが、“日本酒が好き”という気持ちが仕事の原動力になっているのが伝わってきます。

こうして出来上がった大村屋酒造場の日本酒は、営業担当の社員さんの手により、地域の酒屋や居酒屋に卸されていきます。営業のエースとして働くのは、県外の酒蔵や問屋での経験を経て、大村屋酒造場に入社以来、20年に渡って営業担当として奮闘してきた大番頭(おおばんとう)・西原さん。静岡県内はもちろん、三重県や岐阜県、愛知県にもクライアントを持つほか、台湾などの海外エリアも担当している営業のスペシャリストです。

「営業で大切にしているのは、蔵の酒に自信を持つこと。18歳でこの業界に入り、失敗もたくさんありましたが、初心を忘れずに、お客様には蔵の酒に対しての自信と誠意をもって対応することを長年心掛けてきました」。

“蔵の酒に自信を持つこと”を大切にしている西原さんにとって、大村屋酒造場の地酒には、どのような魅力があると感じられているのでしょうか。
「機械化が進んでも、手を掛けられるところは手間暇かけて人力でやるところなど、少数精鋭の蔵人の職人技が光るところですね。地酒を造るということは、昔ながらの製法にのっとって、手作業を大切にするということです。丁寧に酒造りと向き合うことで、大手の酒蔵にも引けを取らない酒ができていると自負しています」。
日本各地の百貨店やホテル、さらには海外でのイベントにも精力的に取り組む西原さん。「大村屋酒造場のお酒を皆さんに知っていただきたい、という気持ちが何よりの原動力ですね」と語ります。

1年に一度だけ!貴重な「立春朝搾り」

『立春朝搾り』(写真は2022年のもの)

「立春」である2月4日は旧暦の正月にあたり、春の始まりを祝うおめでたい日。そこに合わせて酒を仕上げる「立春朝搾り」という日本酒が話題になっています。

立春朝搾りの取り組みは1998年にスタートし、2023年で25年目を迎えます。日本名門酒会に加盟している全国の蔵元で造られ、同会に加盟している酒販店で限定販売されます。

立春朝搾りという名前の通り、立春の前日、節分の夜から一晩かけて醪(もろみ)を搾り続けるのは骨の折れる作業。立春の日の未明に搾り上がったばかりの生原酒(火入れと加水をしない酒)を瓶に詰め、無病息災を願って地元の神社でお祓いをしてもらった縁起の良いお酒です。

「日本酒は、完成するタイミングをこちらでコントロールできないので、搾る作業(日本酒のもとになる、熟成させた醪を搾ること。搾ることで清酒が得られる。)は、お酒が“もういいよ~”と言ってくれた時に行うんです。でも『立春朝搾り』は必ず立春の日の朝にかけて搾り、その日のうちに酒屋さんの店頭に並ぶ。これってすごいことなんです!搾ったばかりの新鮮なお酒をその日のうちに飲むことは、普通はできないことですから、貴重なお酒と言えます」と、酛屋の日比野茉莉子さん。

営業担当の西原さんも、「搾りたてのお酒は特にフレッシュでおいしいです。立春朝搾りは、大井神社でおはらいを受けた縁起物でもあります」と太鼓判を押す立春朝搾り。作業は大村屋酒造場の社員総出で行い、ラベル張りなどは酒販店も一緒になって取り組む大がかりな作業です。“とにかくこのお酒を最高の状態に仕上げて、今日中に飲み手の元に届けるんだ!”そんないろいろな人の熱い思いがこもった立春朝搾りを、茉莉子さんは「熱のかたまり」と表現されていました。

例年は、立春朝搾りに合わせて開会式やラベル張り、地元・島田の大井神社でのお祓いなどを実施しています。コロナ禍で催しは縮小していますが、立春朝搾りは日本名門酒会に加盟の酒販店で購入できるので、ぜひ購入して飲んでみて。

海外でも人気を誇る大村屋酒造場の地酒

地元・島田市や静岡県はもちろん、全国で愛されている大村屋酒造場の地酒ですが、なんと50%以上が海外に輸出されているそう。20年ほど前から海外で日本酒がブームになりましたが、大村屋酒造場では時代に先駆け、35年ほど前には海外輸出をスタート。輸出先はアメリカが最も多く、輸出量の8割以上を占めています。次いで韓国やシンガポール、台湾などのアジア圏で根強い人気を誇っているそう。

「世界で日本酒が受け入れられているというのはうれしいですね」と語る松永社長は、海外出張時に心掛けていることがあるそう。

「海外のお客さまとお会いする際に大切にしているのは、商売目的で行くのではなく、“日本の文化を世界に広める”という意識を持つことです。島田市を紹介するパンフレットなどを持参してお見せすると、日本のお茶文化や、茶畑や田園などの美しい風景に、皆さん感動されています」。

“地域に貢献したい”市民との交流も

“島田市に唯一残る酒蔵として、地元への貢献を”という熱い思いから生まれた各種イベントも開催。「190年という大村屋酒造場の歴史を支えてくれたのは島田の地域の人々であり、島田市民を代表して酒造りをさせていただいているという意識があります。だからこそ、酒造りを通して市民の皆さんに何か還元できればと、いろいろなイベントを実施しています」と松永社長。

コロナ禍で開催が難しくなっているものの、大村屋酒造場のお酒と食事を楽しむ機会になればと、「七夕コンサート」や「島田の食材と地酒を楽しむ会」などを毎年催しているほか、島田市民との交流の場として、「サロン若竹」も開催。子どもたちに田植えや稲刈りを体験してもらう「お米とお酒の学校」にも精力的に取り組んでいます。今後の開催予定は、各種SNSなどをチェックして。
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日比野杜氏のこれからの酒造りの目標は、「流行に流されず、自分の目指す酒造りを続け、酒の質を上げていく」こと。大井川の伏流水など島田市の恵まれた自然環境と、蔵人をはじめとするプロフェッショナルな人々の酒造りにかける愛情や熱意、島田市民とのあたたかな交流が、これからも長く愛され続ける大村屋酒造場の地酒を生み出していきます。

<施設情報>
住所:静岡県島田市本通1丁目1-8
電話番号:0547-36-2444
営業時間:8:00~17:00
定休日:土・日曜、祝日

※大村屋酒造場の地酒は、主に静岡県内の酒販店で取扱いがあるほか、各種オンラインストアでも購入できます

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