「無人駅の芸術祭」で光る大井川流域の忘れかけていた景色や人々の繋がり

「無人駅の芸術祭」で光る大井川流域の忘れかけていた景色や人々の繋がり

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2023年で6回目の開催となる「無人駅の芸術祭」。静岡県島田市から川根本町を結ぶ「大井川鐵道(てつどう)」の無人駅およびその周辺エリアを舞台に開催される芸術祭です。アートを通じて地域の魅力や課題を可視化するとともに、住民やアーティスト、サポーター、お客さんの交わりが一体となってはじめて完成される同イベント。今回は、イベントの見所や楽しみ方を紹介するほか、主催者やアーティストをはじめ、芸術祭を影で支える方々の思いに迫りました。

目次

1.「無人駅の芸術祭」が紡ぐ光

2.地域を灯し、地域と共にある作品

3.大井川流域のアイデンティティーを見つめて

4.芸術祭がくれた人と人の繋がり

5.見所を一挙紹介!ツアーやイベントの開催も

「無人駅の芸術祭」が紡ぐ光

photo:鈴木竜一朗

静岡県島田市から川根本町にかけて大井川流域を運行する「大井川鐵道」。地域住民の生活路線として必要とされる一方、人口減少に伴い利用者数も減り、全20駅のうち16駅が無人駅化しています。

「無人駅の芸術祭」は島田市から川根本町を結ぶ「大井川鐵道」の無人駅とその周辺地域にスポットを当てたイベント。2023年2月23日(木)~3月19日(日)の25日間、国内外で活躍するアーティスト13組が、計21作品を大井川流域で展開します。主催するのはアートを通じて地域創生に取り組む「NPO法人クロスメディアしまだ」。芸術祭の総合ディレクターを務める兒玉絵美さんは、「無人駅の芸術祭」を開催する意義をどのように捉えているのでしょうか。

ディレクター NPO法人クロスメディアしまだ (左)大石歩真さん・(右)兒玉絵美さん

兒玉さん「大井川鐵道と言えばSLの運行で注目されがちですが、実はSLが停まるのは上下線ともに4駅のみ。その周辺には16もの無人駅があり、過疎化の進む地域には空き家なども少なくありません。ですが無人と呼ばれていても、確かにその周りには生き生きと暮らす住民の方がいらっしゃって、美しい景色も残っています。無人駅の芸術祭はそんな“忘れかけていたような存在の光”をアーティストと地域の方が紡ぎ、地域の可能性や課題を訴えかけていく。そんなイベントになればとの思いで開催しています」。

関口恒男「島田レインボーハット」。2月23日(木)より、JR島田駅北口広場にて制作開始
(写真は「福用レインボーハット(2020)/関口恒男」photo:鈴木竜一朗)

今年の開催は昨年の台風15号の影響により、大井川鐵道が家山駅〜千頭駅間の運行を休止しているため、週末に小型ハイヤーツアーを実施したり、e-bikeのレンタサイクルを実施したり、今年からJR島田駅周辺にもアートが展示・実演制作されたりと、今年ならではの楽しみ方が誕生しています。

兒玉さん「その不便ささえも楽しんでほしいですね。台風の影響で余計行きづらい場所になってしまったけれど、そこに足を運んだ人にしか出会えない人々や景色があります。無人と呼ばれる場所でも確かに光が灯っていることを感じていただければうれしいです」。

逆境の中での開催となる2023年。今年のイベントのキャッチコピーには「ここで会おう たしかに光の指す場所で」という合言葉が掲げられています。

地域を灯し、地域と共にある作品

さまざまな作品が展開される中、地元の人々や関係者からの熱い要望で、昨年に引き続き再発表が決まった「バンブーハウス」。アーティスト・上野雄次さんが地域サポーター(ボランティアスタッフ)の皆さんと作り上げた、神尾駅の旧駅舎を使ったインスタレーション(※1)です。

※1……展示空間を含めて全体を作品とし、見ている観客がその場にいて体験できる芸術作品のこと。

華道活動を中心に、詩人、写真家、ミュージシャン、工芸家など多様なジャンルのプロフェッショナルとコラボレーションし、華道の枠を超えた創作活動を国内外で展開する上野さん。新潟県・越後妻有(えちごつまり)で20年続く、世界最大級の芸術祭「大地の芸術祭」に以前参加した縁で関係者から声がかかり、「無人駅の芸術祭」にも参加することになったそう。

竹で取り囲む前の旧駅舎

「バンブーハウス」は、神尾集落に群生している400本の竹を利用して旧駅舎を取り囲み、茶室のような空間へと変容させた作品。駅舎が無人化してからは物置として使われ、半分朽ちていたところ、上野さんらの手によって生まれ変わりました。

上野さん「どこでどんなアートを造ろうか考えていた時に、神尾駅旧舎の存在を知って。そこは言ってしまえば幽霊屋敷のようで、みんな近づきたがらない雰囲気がありました。でも地元の人なら誰もが知っているシンボリックな建物でもあったので、ここなら注目してもらえるかもしれないと可能性を感じましたね。また、旧舎の雰囲気とは一変、駅周辺には美しい竹林が広がっているのも印象的で、華道家として竹を使って何かやりたいとインスピレーションが湧いたのが始まりです」。

竹の伐採や移動作業など、大がかりな作品ゆえ、地域サポーターの協力が必要不可欠だった同作品。地元の人と一緒に何かを作り上げるというのは、ほかの芸術祭ではあまりないそうで、そこが「無人駅の芸術祭」ならではの魅力の一つと上野さんは強調します。

上野さん「バンブーハウスが完成したとき、地元の方や市外からもお客さんがたくさん見に来てくださって。それを見た地元の人が“当時のにぎわいを取り戻した”と喜んで、昔の思い出を語ってくださったことがありました。“思い出”って人の心を沸き立たせてくれて、人の命をつないでくれるものだと思うんです。そんな明かりを誰かの心に灯せたことが何よりうれしかったですね」。

大井川流域のアイデンティティーを見つめて

上野さんが今年の新作として手がける「まつる」は、島田の代名詞とも言える風景・大井川流域を舞台にした大規模作品です。右へ左へと大きく蛇行する川によって、長い年月をかけて削られた、独特な地形の大井川流域。その蛇行地点にある小高い山上など、象徴的な場所に竹のフラッグを立てることで、流域の珍しい地形とそこで育まれた人々の命の存在を繋ぎ合わせて可視化するプロジェクトです。

象徴となるフラッグは、大井川鐵道の終着点である千頭駅〜神尾駅の区間の大井川流域に立てられ、全部で25〜35カ所の展示が計画されています。高さ20メートルほどの竹の先端で揺れるのは、地域サポーターがミシン縫製したというフラッグ。それを一本一本30〜40メートルほどの木に登り、木の先端部に縛り付けていきます。

上野さん「山の一番高いところにフラッグを立てようと登っていくと、ほとんどの場所に不思議と神社や祠(ほこら)のようなものが建てられているんです。それは昔の人が自然に対する畏敬を払っていた象徴だと思います。例えば、山があることで大井川が蛇行し、そこに集落ができたり、山が川の氾濫から人々の命を守ってくれたりと、地形によって大井川流域の人々の命が守られてきた。そんな歴史や珍しい地形をしている大井川流域の存在を、地元の人にこそ感じて欲しいとの思いで、『まつる』が誕生しました」。

大井川流域を花器に見立て、そこに花を生けるような意味合いも持つという同作品。最も伝統ある生け花のスタイル「立て花(※2)」から着想し、人の命のエネルギーがフラッグに集まるようなイメージで作り上げたと言います。

※2……たてはな。真(本木)と下草で構成される生け花。

上野さん「生け花は、生ける場所・そこに流れる時間・生ける人の思いが束になって、初めて完成するものです。そこに必ずしも花がなくても、いかに花のような希望を魅せられるか、それが華道家・創作家として私が追求していきたいテーマです。『まつる』はこの大井川流域に住む人々や制作に携わってくれた方々の存在を示し、皆さんが今後もこの土地によって守られることを祈願するような意味も込めています」。

芸術祭がくれた人と人の繋がり

「まつる」の設置を手伝う地域サポーターら。(右)中村和司さん

主催者やアーティスト達の思いを形にするのに欠かせない存在が、「地域サポーター」と呼ばれるボランティアスタッフの方々。毎年、地元の人を中心に150人ほどの応募があり、それぞれがアーティストの作品制作の手伝いや、展示会場の受け付け等の運営などを担います。

島田市川根町抜里(ぬくり)地区にお住まいの中村和司さんは、第1回目の「無人駅の芸術祭」から毎年地域サポーターとして参加され、作品制作の手伝いをメインに活動されている方です。抜里地域のサポーターのほとんどは、「抜里エコポリス(※3)」という団体に所属されている方々で、中村さんは同団体の事務長、さらには「抜里町内会」会長として、地域のまとめ役を務めておられます。

※3……「抜里エコポリス」は、農地や農業用施設周辺の草刈りや水路の泥上げといった基礎的な活動から、地域をさらに良くするために花の植栽やホタルの保護活動を行う団体。

中村さんがこれまでの芸術祭で一番印象に残っているのは、2021年に小山真德さんが制作された「盃(さかづき)と沢蟹(さわがに)」。ダイダラボッチの伝説をテーマに、かつて巨人が使っていた盃が大井川下流の河川敷に流れ着いたという光景を、忠実に表現した作品です。

中村さん「“盃と沢蟹”は非常に大きな作品で、盃は直径約10メートル、高さ約2、3メートルほどの大きさがありました。この盃を上下反転した状態で現地まで運んできて、大人40人ほどの手でひっくり返す作業を行ったんですが、作品を傷つけることなく無事展示できたときは本当に感動しましたね!“この作品をなんとか無事成功させたい”というみんなの気持ちが一つになった瞬間でした」。

中村さん「もう一つの思い出は、2021年のさとうりささんの作品『地蔵まえ4(縫い合わせ)』です。これは、今まで木綿針と糸を持ったことすらなかった私を含む集落の妖精7人が、さとうさんが設計した型紙をトレスから裁断、仮縫い、一部ミシンによる縫製を手伝い、高さ約5〜6m、腹回り約7〜8mの作品の制作に3日ほど携わったものです。全員が前期高齢者ということもあって、苦労もありましたが、仕上げの作業で扇風機で風を送り、それを膨らませて作品に命が吹き込まれたとき、“ぼくたちが制作に関わったんだ!”と嬉しさと大きな感動に包まれました。今年も風がなく、穏やかな天候であれば“白いあの子”に会えます」。

芸術祭をはじめてから街全体に活気が出て、サポーター業務を通して人と人との繋がりも増えたという中村さん。「アーティスト含め、みんな家族のような存在ですね。飲みニケーションもこの芸術祭の楽しみの一つです(笑)」と優しい笑顔を見せます。

実はご自身も芸術家肌で、地域のイベント時には趣味で切り絵を配したあんどん(照明具)を作ることがあるそう。そんなアーティスト目線を持った中村さんがお客さんに伝えたいことは……

中村さん「毎年、この作品は何を伝えたいんだろう?とアーティスト達が作品に込めたメッセージを読み解くのがおもしろいですね。自分なりに考えることってのは、地域のことを考えることでもありますから。自分が関わった作品をお客さんが見て感動してくれて、私たちのふるさとについて何かしら感じてくれたらうれしいですね」。

美しい自然環境が守られ、静岡有数のホタルの生息地であった抜里集落。しかし、昨年の台風15号による土砂の流出で、ホタルの生息地として「抜里エコポリス」と共に地元住民が守ってきた上手川や川沿いの農業用水路に土砂が堆積し、ホタルの幼虫が死滅してしまうほどの壊滅的な被害を受けました。「子どもたちに再びホタルを見せてあげたい」との思いが「クロスメディアしまだ」を動かし、呼びかけで県内外から集まったボランティア約40名と地元住民約30名が力を合わせ、わずか半日で、かつての美しい水辺環境を取り戻しました。今年ないしは来年の初夏には、多くのホタルが舞うようになるのではと期待が高まっています。

「イベント期間中だけでなく、ぜひホタルを見に、また抜里に遊びに来て欲しいです!これも芸術祭がくれた人と人のご縁ですから」と中村さん。芸術祭の開催によって、永続的な地域創生の光が広がり始めています。

見所を一挙紹介!ツアーやイベントの開催も

2023年から登場した新エリア!虹色に光る小屋「レインボーハット」、「金沢21世紀美術館」でも展示されていた注目作品「メダムK」、照明デザイナーによる光の演出「ヒンメリ」の3作品がお目見えします。

小型ハイヤーツアー

開催期間中の週末に合わせて、小型ハイヤーで注目スポットを巡るツアーを実施!4つのコースから選択でき、集合場所はいずれもJR島田駅北口とアクセス抜群です。お昼のお弁当付きなのもうれしいポイント。ツアーの申し込みは公式HPから。

➡︎ツアーの詳細・申し込みはこちら

開催期間中には、食やものづくり、読書、歴史、ダンスなど、さまざまジャンルをテーマにしたイベントやワークショップが開催されます。華道家・上野さんの「花いけ合戦島田大会」も要チェック。飛び入り参加も大歓迎だそう!

➡︎その他イベントの詳細はこちら

最後に、主催の兒玉さんからメッセージをいただきました。

「無人駅の芸術祭は、効率やスピードを重視する現代社会の反対を行くような、予想もつかない作品との出合いが待っています。作品ができるまでに紡がれたアーティストや地域の人々の思い、そして時空を超えてこの土地が培ってきた美しい景色や空気、その全てをぜひ五感で楽しんでいただけたらと思います。皆さんのお越しをお待ちしています」。

<レンタサイクルのご案内>

「無人駅の芸術祭」にあわせて、e-bikeのレンタサイクルを実施中!電動自転車で坂道も楽々!心地よい風を浴びながら、のんびりアートを堪能してみませんか?

➡︎レンタサイクルの予約・詳細はこちら

<芸術祭インフォメーションセンター>

JR島田駅から徒歩1分の「C-BASE」と、作家が制作期間中に滞在する、古民家をリノベーションしたゲストハウス「ヌクリハウス」(大井川鉄道・抜里駅から徒歩7分)内に、インフォメーションセンターを設置!どんなルートでアート巡りをするか迷ったら気軽に相談を。おすすめの観光スポットやおいしいグルメ情報も教えてもらえますよ♪

➡︎「無人駅の芸術祭」公式パンフレットはこちら

<お問い合わせ>

主催:芸術祭事務局 NPO法人クロスメディアしまだ

住所:静岡県島田市日之出町4-1 C-BASE1階

電話番号:0547-39-3666

営業時間:9:00〜17:00(土日祝休み)

公式HP:https://2023.unmanned.jp/

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